top of page

AIがテロや災害から世界を守る危機管理における人間の弱点をAIがサポート

【日経サイエンス特別対談Vol.6】


AIのアラートで危機を最小限に

 

大規模災害、感染症、テロなどに対する危機管理が日常化する現代社会。人間が気づかないリスクを客観的に評価し、人々に回避行動を促すAI (人工知能)への期待が高まっている。


大田 米村さんは、第87代警視総監や内閣危機管理監を務めるなど、危機管理の専門家として常に日本社会の安全を守る仕事に携わってこられました。Arithmerでは、顧問としてAIを用いた危機管理システムの開発に貴重な助言をいただいています。

米村 現代社会のリスクは自然災害、感染症、テロなど多様化しています。そして、危機管理は人々の日常の生活の維持にとって欠かせないものとなっています。こうしたなか私は、ずっと危機管理の本質は何かと考えてきましたが、結局、人間とは何かということにつきあたってしまう。危機管理上の弱点とは人間の弱点に他ならないのです。それをAIなど新しいテクノロジーでカバーできるのではないかと期待しています。

大田 米村さんは、危機管理にとって重要なポイントは2つあるとおっしゃっています。

米村 一つは「想像と準備」。常に最悪を想像し備えることが重要なのです。それは「起こるかもしれないが、起こらないかもしれない」ことなのですが、つい人間は後者だと思いたがります。この人間が持つ「正常性バイアス」を排除した対策が必要なのです。もう一つが「ワンチーム」で、さまざまな領域の専門家がチームになって取り組むことの重要性です。

大田 危機管理システムにAIを導入するメリットは、全ての可能性を平等に評価し客観的な結果を出すという点です。人々が無意識のうちに否定してしまう危機を提示することで、危機管理チームの初動を促してくれます。また、ときにAIは人間では考えつかないようなリスクを提示してくれる可能性もあります。

米村 そうですね。あらゆる事態を想定することが重要なのです。ドイツのことわざに「Ende gut, alles gut」(終わり良ければすべて良し)があります。しかし、被害を最小にするためには初めが肝心です。スタートを間違えると後でずっと尾を引いてしまう。とくにテロ対策においては「Ende gut, alles gut」はない。やられたら負けなんです。


情報サイロ化をAIで回避

 

米村 AIシステムには、危機管理において多様な情報を一元化して取り扱うハブの役割も担ってもらいたいですね。じつは、9.11、アメリカの同時多発テロのときにも議論された問題ですが、現代社会が持つ脆弱性の一つが情報サイロ化です。

大田 情報の専門化が進むなか、特定システムに情報が閉じ込められてしまった状態ですね。穀物が窓のないサイロのなかに押し込められている様子に例えられています。

米村 9.11のときも、情報があったにもかかわらず、それがあっちこっちにバラバラになっていて、全体を俯瞰して対策を考える人がいなかったという反省があります。AIが情報の収集、伝達、集約と解析にうまく関与できたらいいですが。

大田 こうしたニーズを取り込み、AIによる本格的な危機管理システムを実現するには、さらなる技術革新も不可欠です。多様かつ膨大な情報をリアルタイムで集約するという点では5Gが大きな力を発揮しそうです。また、得られた情報のいろいろな組み合わせのなかから「解」を見つけるのが得意なコンピューターが量子コンピューターです。今後、3年から5年で技術開発が進むと考えられますので、危機管理も大きく変わると期待しています。

米村 これまでも技術革新があるたびに危機管理は進化してきました。次世代のシステムの構築のために、いまArithmerが挑んでいる技術のポイントは何ですか。

大田 カギとなるのは数学だと思います。量子コンピューターをうまく動かすためには新たな数学を基礎にしたアルゴリズムが不可欠です。例えば、現代数学の重要なテーマである超離散化(従属変数の離散化)による自己駆動粒子シュミレ ーションを用いれば、失敗の一歩手前の段階で止まって成功した事例のデータを全て集め、要素の組み合わせ探索を超高速化することも可能になります。これまで人間があえて考えようとしなかった対策を提示することも可能になると期待しています。


人を動かすAIの力

 

米村 AIにはいろいろな面で期待しています。私が内閣危機管理監を務めていた2013年、気象庁は従来の警報に加えて特別警報を出すようになりました。あえて「特別」をつけた理由は人の行動を促すことにつながると考えたからです。しかし、人々の避難行動を最も強く促すのは、個人に関わるリスクを迅速かつ正確に評価し伝達することだと思います。

大田 私たちは、ドローンの画像による3次元の地形解析と流体力学によって水災害時に個別の住宅が何センチ浸水しているかを計測するAIシステムを損害保険会社の依頼を受け、独自開発しました。従来は最大2年かかっていた保険金の支払いを数日に短縮できるようになり、被災者の生活がすぐに動き出すのです。そのとき感じたのは、ITというのは人の代わりに動くものでしたが、AIには人を動かす力があるということでした。

米村 AIについて危機管理の視点で期待したいのは、高度な技術を導入すると同時に、人間の人間による人間のための技術として成長を遂げていくことです。

大田 米村さんの話は、いつもいちばん大切なことに気づかせてくれます。Arithmerの武器は最先端の数学にありますが、それだけでなく米村さんをはじめとした専門家のヒューリスティクスも融合したAIシステムを開発することで社会に貢献したいと考えています。


日経サイエンス 2020年5月号





bottom of page