AI Agent Column 10
2025.12.10
AI Agentコラム (10): AI Agent導入 step4 ”計画“

AI Agent導入の4ステップ「理解」「選定」「設計」「計画」。前回(第9回)はステップ3「設計」として、AI Agentを業務に組み込む「to-be」の描き方についてお話しました。
さて、いよいよ最終ステップとなる今回は「(4) 計画 (Plan)」です。設計で描いたto-beの実現に向けた具体的なステップを計画する際に、どのようなことに留意するべきかお話したいと思います。
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AI Agent ならではの注意点
第一に、中核となるLLM(大規模言語モデル)そのものが持つ「御しにくさ」 です。LLMは確率的に動作するため、同じ指示でも応答が揺らぐことがあり、その思考プロセスは完全には透明ではありません。また、膨大な知識を持つ一方で、特定の業務に必要な専門知識や暗黙知は不足していたり、時には事実に基づかない情報(ハルシネーション)を生成したりすることもあります。さらに、その能力を最大限に引き出すための最適な指示(プロンプト)を見つけること自体が、試行錯誤を要する複雑な作業です。この「御しにくさ」があるため、AI Agentの挙動を完全に予測し、制御することは本質的に困難なのです。
第二に、AI Agentには、単に応答を生成するだけでなく、自律的に「実行を任せる」ことによる特有のリスクが伴う点です。AI Agent が外部ツールと連携したり、システムを操作したり、あるいは顧客と直接やり取りしたりする場合、その「御しにくい」挙動が、ビジネス上あるいは社会的に無視できない影響を直接的に及ぼす可能性があります。従来のAI以上に、そのアクションの結果に対する責任と、安全性をどう担保するかが問われます。
この「LLMの御しにくさ」と「実行を任せるリスク」という 2つの大きな特性があるからこそ、事前に全てを完璧に計画することが難しく、次のセクションで述べるような、不確実性を前提とし、リスクを管理しながら、実践を通じて学習・適応していくための特別な計画上の配慮が不可欠となります。
1. 不完全であることを前提に計画する
まず大前提として、AI Agentは導入初期において「不完全」であることを受け入れなければなりません。LLM の確率的な性質や学習データの限界、そして私たちがまだ知らない未知の挙動などにより、事前にすべてのケースを想定し、完璧な準備を整えることは不可能です。
したがって、計画においては「完璧な状態でのリリース」をゴールとするのではなく、「不完全な状態から安全に学び、成長させていくプロセス」そのものをデザインする必要があります。
そのための具体的なアプローチが「スモールスタート」です。これは、リスクを最小限に抑えつつ、早期に現実世界でのフィードバックを得て学習するための極めて有効な戦略です。計画段階で、「どこまで小さく始めるか」を具体的に定義します。
意図的にリスクを限定した「練習環境」を計画的に用意し、その中で AI Agentを動かし、挙動を観察し、改善していく。そして、スモールスタートから得られる様々なフィードバック(AIの挙動、ユーザーの声、業務影響など)を意図的に収集し、分析し、それを次のイテレーション(反復)の計画に迅速に反映させるループを計画に組み込むことが重要です。
従来のウォーターフォール型計画のように、一度立てた計画に固執するのではなく、実践からの学びに基づいて計画自体を柔軟に見直し、適応させていく。このアジャイル的な進め方こそが、不完全で予測不能な AI Agentと共に歩むための現実的なアプローチです。
2. リスクの取り方を計画する
AI Agentの自律性を本当に活用するには、ある程度の「リスク」を取って実行を任せる場面も出てきます。しかし、最初からすべてを委ねるのは危険です。そこで重要になるのが、リスクをコントロールしながら段階的に適用範囲や権限を広げていく計画です。
計画段階で、AI Agentに任せる機能、アクセスできるデータ、実行可能なアクションなどを、どのようにステップを踏んで拡大していくかのロードマップを具体的に描きましょう。そして最も重要なのは、各ステップにおいて「許容できるリスクはどこまでか」「何を達成できれば次のステップに進めるのか」という客観的な基準(例えば、特定のタスクにおける成功率、エラー発生頻度、人間の修正頻度など)を事前に明確に定義し、関係者間で合意しておくことです。
特に、導入初期に安全策として設けることが多い「人間による判断・介入」プロセスは、あくまで AI Agentを育成するための「補助輪」と捉える視点が大切です。その補助輪をいつ、どのような状態になったら取り外すのか、その移行プロセスと判断基準を計画に明記しておかないと、人間によるチェックが恒久化し、結果的に AI Agentの自律性を十分に引き出せないままになってしまう可能性があります。必要なリスクは取り、不要なリスクは取らない、長期視点での合理的な判断が求められます。
3. 問題発生時の対応を計画する
AI Agent の導入計画においては、残念ながら問題が起こることを避けられない前提として捉える必要があります。その確率的で複合的な性質上、予期せぬ挙動やエラー、あるいは期待通りの結果が出ないといった事態は必ず発生し得ます。重要なのは、発生をゼロにすることではなく、発生した場合にいかに迅速かつ柔軟に対応し、さらにそれを次に活かすかを計画しておくことです。
計画には、まず問題を早期に検知するためのモニタリング体制(ログ収集・分析、異常検知アラートなど)の整備を含めるべきです。AI Agent は原因特定が難しい場合も多いため、迅速な状況把握と影響範囲の特定、そして必要に応じた暫定的な対処(関連機能の一時停止、人間による代替処理など)と、その後の恒久的な対策に繋げるプロセスを定めておくことが有効です。
さらに強調したいのは、発生した問題を単なる「障害」として処理するのではなく、AI Agentと組織全体の「学習機会」と捉える視点です。問題発生時の状況、原因(推定でも構いません)、対処内容とその結果といった情報を構造化されたデータとして記録・蓄積する仕組みを作りましょう。この「失敗からの学び」を分析し、AI Agent 自体の改善や、運用プロセスの見直しに繋げていくフィードバックループを回すこと。これこそが、AI Agentを継続的に進化させるエンジンになります。
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今回は、導入の最後のステップ「計画」についてお話ししました。
そして本コラム『AI Agentコラム』は、この第10回をもちまして最終回となります。
長きにわたりご愛読いただき、誠にありがとうございました。
この連載では、まず AI Agentとは何かという基本的な概念から始め、その適用範囲、課題、実際のユースケースをご紹介しました。第 6回からは導入プロセスを「理解」「選定」「設計」「計画」という4つのステップに分けて、それぞれの実践面での注意点を掘り下げてまいりました。
私たちが一貫してお伝えしたかったのは、AI Agentが秘める大きな可能性と、それに伴う固有の難しさ、特にその「不確実性」とどう向き合うか、という点です。
本コラムでご紹介した考え方やアプローチが、皆様それぞれの挑戦におけるヒントとなれば大変嬉しく思います。AI Agentを取り巻く世界は、これからも急速に変化していくでしょう。私たち Arithmerが、その道のりを共に考え、歩むパートナーとして、少しでもお役に立てることがあれば幸いです。
改めまして、全10回の連載にお付き合いいただきましたこと、心より感謝申し上げます。
