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AIと現代数学 社会実装を加速するグローバル拠点として北海道に「国際数学研究所ニセコ」設立

【日経サイエンス特別対談Vol.1】



現代数学が次の100年を切り拓く

 

現代数学はAI(人工知能)を社会に広めるための基盤となる学問だ。技術開発を担う人材を育成し国内産業の競争力を高めるためには数学研究者が語り合うグローバルな「場」の創造が重要だ。


大田 今から100年以上前に起きた数学の革新が,20世紀を科学の時代へと導きました。そしていま,次の100年を切り拓くための基礎として現代数学が注目されていますね。

儀我 微分方程式論だけをみても,この100年で大きく発展しました。それ以前は,指数関数のような具体的な関数で解が表される方程式が中心で,数学が扱える現象は限定的であったといえます。その後,関数概念が拡大され,より抽象的な枠組みで捉えるようになりました。それによって自然現象から経済の動向まで,それまで取り組まれていなかった課題を扱える数学が生ま れてきました。

大田 コンピューターの登場も数学の発展に大きな影響を与えましたね。

儀我  ただコンピューターは離散的なもので方程式は連続のもの。コンピューターが行うのはあくまでも近似であり,それが本当に有効な近似かどうかが問題になってきます。現代の微分方程式論では「どのような解の概念が適切なのか」ということから数学を構築するようになりました。

大田 AI研究では,自然現象や人間の営みをコンピューターでどこまで表現できるかを追求しますが,儀我先生がおっしゃるようにコンピューターは離散的なものなので,連続的な方程式を離散的に表現した場合に解が発散してしまうなどの問題が起こります。「解とはなにか」を厳密に定義してきた現代数学の成果が,高度なコンピューター利用を促し,AIの社会実装を可能にしたといえます。このように現代数学は,さまざまな科学技術発展の原動力となってきました。

儀我 特に1970年代以降,非線形の微分方程式が組織的に研究されるようになりました。 かつては難しすぎて社会実装を諦めざるを得なかった方程式が多かったのですが,それが役に立つようになったのです。しかも数学で得られた事実は普遍的ですので,時空を超えて人類の知的財産になります。また,その抽象性ゆえに高い汎用性を持ちます。材料科学のための方程式が画像処理にも使えたりするなど,領域を超えた実践研究も急速に進んでいます。

大田 今,現代数学が社会のあらゆる領域に影響を与えています。

儀我 2014年にガウス賞を受賞したスタンリー・オッシャーは,「コンピューターの進歩によって,それまで数学者の頭の中にしかなかったことを『歌って』くれるようになった」と話しています。一部の数学者の頭のなかにしかないことを,実現できるようになったのです。だからこそ現代数学が以前と比較にならないほど世の中に浸透してきました。それがここ20年ぐらいに起きていることだといえます。



数学者の出会いの場をニセコに設立

 

大田 社会の要望に応えるために人材育成も必要になりますね。

儀我 どんな人材が必要なのか,現状のアウトプットだけで判断してはいけないと思います。例えば,企業ではAIに革新をもたらした機械学習,深層学習を集中的に学ばせようという動きはあります。それも重要なことですが,それだけでは技術の最先端をリードできません。現状の技術を勉強しきった頃には,新たに有用な数学が登場してくるのが世の常だからです。自分で数学理論を組み立てられるような研究者も必要なのです。

大田 人材の多様性も重要です。数学にはいろいろな分野がありますが,それぞれが密接に連携して課題を解決す るということが多いのです。そのため弊社では,幅広い領域の専門家に集まってもらっています。

儀我 数学の発展,人材の育成には研究者同士が直接対話できる場が欠かせ ません。例えば,共同研究をしたいと思ってもEメールだけでは難しい。最初は直接会って集中的に議論して,お互いのものの考え方がわかると後はス ムーズに進められるのです。

大田 世界には,こうした数学者の出 会いの場となることを目的とした研究所がいくつもありますね。

儀我 1944年9月に設立された南ドイ ツのオーバーヴォルファッハ数学研究所もその一つです。世界中から数学者や科学者が共同研究のためにやって,多様なトピックについて毎週ワー クショップが行われています。自然豊かな片田舎にあって,そこで合宿しな がら集中して議論していると,新しいアイデアが生まれてくるのです。大田さんは,新たに「国際数学研究所ニセコ」を設立する構想を持っていらっしゃいますが,日本におけるそうした拠点になることを期待しています。

大田 はい,準備を進めさせていただ いています。そこでは,私たちが企業から提案された課題をいろいろな研究者と議論することも期待しています。 その場で問題が解けるわけではないのですが,優秀な数学者と弊社社員との出会いが刺激になって,新たなひらめきが得られると期待しています。

儀我 これは数学者以外にはなかなか理解してもらいにくいのですが,自然豊かなところで心身をリラックスさせ,数学のことだけ考えていられる時間をつくることが,数学者本来の能力を発揮してもらうためには非常に重要なことなのです。


数学という道具を作れる人を育成

 

大田 いまAIの世界の人材不足は深刻です。例えば,現状では深層学習のライブラリーを動かせても,線形代数すらよく理解していないという場合もあ ります。それだと発展がない。やはり 解析系にせよ代数系にせよ,それなりの数学的な基礎があるからこそ深層学習をやっても,よりいいモデルが作れるのです。ニセコは将来を見据えた人材育成の場にもしたい。

儀我 言葉を換えれば,数学という道具を使えるだけでなく道具を作れる人が必要なのです。現代数学力を鍛えることは,遠回りのようでいて長期的には効率の良い戦略といえるでしょう。また,そうでないと産業技術の根っこの部分をほとんど外国に依存することになりかねません。

大田 既存の技術で克服できないとき に足かせになっているのが先入観です。その点,数学というのは思考に矛盾がなければ,どのような世界観を作ろうとも自由なわけです。そうした自由な発想が次々と生まれる産業基盤を築いていくためにも,さまざまな分野の方の意見を取り入れながら「国際数学研究所ニセコ」の準備を進めていきたいと思います。


地方から始めるAI社会実装

 

山口 こうしたAIの技術革新を地方創生にも生かしていきたいですね。例えば自動運転の実証実験を地方で開始するとともに,次世代通信規格である5Gも地方から導入を進めます。

大田 実際,地域では自動車は移動のために不可欠の存在ですが,年をとると運転できなくなります。自動運転の早期実現は大きな課題です。また5G技術とAIとを融合した遠隔医療も地域医療の再生につながる。先端技術の社会実装を地方からという取り組みは素晴らしいと思います。

山口 自動運転も完全な自動運転でなくてもいいんです。年齢と共に衰える機能を補完するような仕組みを,なるべく早く実現したいですね。そのために道路交通法なども柔軟に変えていく予定です。また,地方にもいい技術を持っている大学や企業があります。AI技術の導入による地方大学発ベンチャーの実現にも期待したいですね。

大田 私たちは,徳島県に主要な研究開発拠点を持つ製薬企業から受注をいただいていることもあり,徳島大学にサテライトオフィスを設けています。徳島に住んでいる優秀な人にサテライトオフィスで働いていただくなど,地方にいて世界を相手に活躍できる人材の育成にも務めたいと思います。

山口 期待しています。今後AIは,人間の生活を圧倒的に向上させると同時に,日本が抱える問題を解決してくれる存在となるでしょう。その技術開発にオールジャパンで取り組むことで,日本は世界に冠たるAI大国になってほしいですね。


日経サイエンス 2019年6月号




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