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日本の未来のために大学は変わるAIを駆使した社会課題解決型研究への挑戦

【日経サイエンス特別対談Vol.7】



課題解決型企業が未来を拓く

 

いま産業は大きな転換期を迎えようとしている。成長を牽引する主役はデータドリブン(データ駆動)型のビジネスから社会課題解決型のビジネスへ移行。そこで大きな役割を果たすと期待されているのが、人々の幸福を実現するAI(人工知能)システムだ。大学の役割も大きく変わろうとしている。



大田 21世紀に入ってからの最初の20年はGAFAなどビッグデータを活用した企業が急成長した時代でしたが、これからの20年は「社会課題解決型企業」が世界を牽引していくといわれますね。私たちArithmerは、数学を使って課題解決に取り組みたいと考えています。

野地 社会の変化に対応するために大学も変わらなければいけません。徳島大学では、2018年に世界の問題を解決するために、組織対組織の産学連携を実施する学長直轄組織「徳島大学産業院」を立ち上げました。2019年には教育・経営支援部門を新設し、起業意識・ビジネスマインドをもった学生・教職員の育成に取り組み、いくつかの企業と連携が進んでいます。大田さんには、なぜ大学発ベンチャーを成功に導いたのか教えていただきたいですね。大田さんの場合は企業に勤めていた経験が大きいのではないかと思いましたがどうですか。


企業での経験が起業に生きた

 

大田 大学院の修士課程を修了したとき、経済的な理由もあって博士課程への進学を断念し企業に勤めました。そこで身をもって学んだのは、大学では自分が満足できる研究をやっていればいいのに対して、企業ではお客様に満足していただけるシステムを開発しなければいけないという当たり前のことです。いまArithmerは課題解決型の企業として評価していただいていますが、企業での経験が深く影響していると思います。

野地 その後、せっかく大学に戻り、研究に打ち込めるようになったときに、あえて大学発ベンチャーを立ち上げることに挑戦されたのはなぜですか。

大田 修士に進学した約20年前はヒトゲノム計画が終了した時期でした。ヒトゲノムの全塩基配列が読み取られ、コンピュテーショナル・バイオロジー(Computational Biology:数理生物学)という分野が立ち上がった時期でした。情報科学を専攻していた私は東京大学医科学研究所に所属することになったのですが、そこでゲノム情報と数学の融合が創薬など新たな産業技術を生み出す様子を目の当たりにしました。大学に戻り教授の職を得て、やりたい研究ができるようになったことはうれしかったですが、同時に「自 分でも何か生み出したい」「優れた研究を社会還元する道具として数学を使いこなしたい」と考えるようになりました。

野地 大田さんが経験されたように社会課題の解決には科学の領域を超えた視点が必要です。徳島大学でもなるべく異分野の研究を融合した研究クラスターによるプロジェクトを募集しています。いま約150のプロジェクトが名乗りを上げ、優れた研究に予算を配分するようにしています。


ニーズドリブン型のAI研究を目指す

 
大学産業院の概念 大学病院において、医歯薬学研究成果が実用化され、患者を治療。 大学産業院において、様々な研究成果が実用化され、企業を創生・再生。


大田 徳島大学では、AI(人工知能)についても興味深い取り組みがありますね。

野地 いま準備しているのは「デザイン型AI教育研究センター」で、世の中に必要なものから出発するというニーズドリブン(ニーズ駆動)型のやり方でAI関連の教育・研究をやれるシステムを作りたいと思っています。まず始めたのは「バイオデザイン型研究」で、例えば理工学部の先生に医療の現場を見てもらうことで、医師や看護師にはなかった発想で、医療に革新をもたらすようなAIシステムを構築するきっかけを作ってほしいと思います。

大田 世界的に見ればGAFAなどのプラットフォーマーによるAIへの大規模な投資が注目されていますが、野地学長が取り組んでいるような人々の身近な生活を安全で豊かにするニーズドリブン型AI開発は企業の問題解決に力を入れてきたArithmerの戦略にも共通するものがあります。これからも注目していきたいですね。

野地 簡単な道のりではありません。AI技術には、いくつかの段階があり、最初はディープラーニング(深層学習)など公表されている技術を使いこなすことから始めたいと思いますが、将来は独自のAIを生み出せるような人材を育てたいと思います。 Arithmerの研究体制は、その目標でもあるわけですが、大田さんはどのような視点でAIシステムの開発に取り組んでいるのですか。

大田 ニューラルネットワークの研究から生まれたディープラーニングはAIの一部といえます。しかし、私たちは社会課題の解決にはトポロジーや超離散など、より幅広い数学の応用が必要だと考えています。

野地 わかりやすい例で説明してもらうことができますか。


大田 例えば、これまでの研究でたくさんの「がん遺伝子」が見つかっており、その組み合わせが「がん化」に関与していると考えられています。しかし、得られたデータの規則性は「ユークリッド空間」といって私たちが普段、五感で感じることが可能な空間の延長線では見つけられないのです。しかし、そのデータを空間の概念を一般化して広げた「ヒルベルト空間」に投影すると規則性が見えたりする。

野地 つまり、私たちの五感では分からないものでも、別の空間では規則性が見えてきたり予測できたりするということですね。


大田 おっしゃる通りです。そういう空間を模索していくときの道具が数学なのです。



新たなAIを生み出す人材を創出

 

野地 見えないものを見る。そこには大きな可能性がありますね。これまで生命現象に関与した遺伝子が次々と見つかっています。徳島大学の三戸先生は昆虫の変態に関する遺伝子を発見しています。この遺伝子が機能しなくなると、いつまでも脱皮して成虫にならない不老の昆虫になる。こうした昆虫での解析で得られたビッグデータをヒトに応用し、AIを駆使することによってヒトの病気や長寿などに関与している遺伝子を探しだすことができるかもしれません。

大田 野地学長をはじめ各分野の方々が蓄積してきたデータを、AIを駆使することで社会課題の解決に応用できる可能性がありますね。

野地 例えば、多くの生薬は植物が環境や外敵から身を守るために生み出した化合物を人間が長年の経験によって医療に応用したものです。その規則性を発見すれば、合成医薬品のようなドラッグデザインが可能になるかもしれません。

大田 より安全に低コストで製造できて副作用も少ない新たな分野の医薬品が誕生するかもしれませんね。

野地 そうした新しいAIシステムを構築することのできる人材をいかに生み出すか。徳島大学が挑戦すべき大きなテーマの一つでもあります。ぜひArithmerにもご協力いただきたい。

大田 こちらこそよろしくお願いいたします。大学と産業の架け橋になる次世代の仕組みである「大学産業院」を立ち上げられた野地学長からは、たくさんのことを学びたいと思います。


日経サイエンス 2020年6月号



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