小学生の日記の宿題とAIの開発についての由なしごと


小学校の日記の宿題


先日、小学校4年生になる息子と話していた際、日記を書くという宿題があり、それが大層骨の折れるもので、どうにもならないが、どのようにしたらよいかと相談をされました。


今回のブログはこの場を借りて、ひとつ子供に教えた日記を書くときのコツをもとに記事を書いてみようと思います。

日本で有名な日記といったときに思いつくものに紀貫之による土佐日記があります。

「男もすなる日記というものを女もしてみむとしてするなり」から始まり、土佐から京都へ帰還するまでのことが重要なことや重要そうに見えないことまで様々書き連ねられています。


土佐から京都への帰還に注目するのであれば、交通に関するものが重要度が高いので、土佐から京都へ移動するルートがいくつあり、そのらのルートのメリットデメリット、所要日数等をまとめたものが情報としての価値があります。


しかし、紀貫之はそのようなスタイルは取っておらず、土佐から京都までの旅程の中の随所に土佐から離れる名残惜しさや、都が懐かしいことが書かれていたり、船が揺れて船酔い をしたが船の揺れがかえって遊びになったといったことも交えて書かれています。


例えば、土佐を離れるときにお別れの挨拶をしたとか京都が恋しいといった事柄は今風の小学校の国語の問題に対する回答となります。


一方で、平安時代の貴族は土佐から京都までどのように移動したかに興味がある場合にもこの土佐日記は重要な情報源になります。


また、文学的な価値を考えるときに、土佐日記について国語の授業でよく注目されることとして、紀貫之が男性の貴族であるにも関わらず自身を女性として漢字かな交じり文の土佐日記を書いたことが挙げられます。

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Ki_no_Tsurayuki.jpg


土佐日記の書かれた平安時代は貴族の男性は漢文で日記を書くものであったが、自身の思ったことそのものを表現するために自分自身を女性だということにして漢字かな交じり文の土佐日記を書いて、それが後の和泉式部日記、蜻蛉日記、更級日記に重要な影響を与えた。と 習うことが多いのではないでしょうか。


このように日記一つとっても考えるべきことはいくらでもあり、語るべきことはいくらでもあります。土佐日記という作品を国語の問題として見た場合、昔の交通事情を知るための手がかりとして見た場合、構成の文学作品への影響を見る場合で注目するべき点が異なり、それぞれ得られる感想であったり、評価であったりが異なることがよくわかるかと思います。


実はAIを扱う上で、ある対象を見るときに、何に注目して見るかというのが重要なポイントになります。


(https://www.arithmer.co.jp/post/20220119)

例えばpersistent homologyという視点では物体のトポロジー的な性質が重要になってきますし。