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Vol.3

【日経サイエンス特別対談Vol.3】進化するAIロボットが創薬を加速次世代の放射線医療を安全で効率よく実現

新たな転写モデル構築に挑戦

日本独自の技術によって誕生した次世代の抗がん剤として期待されるα線医薬品。医療の現場に効率よく供給する体制を整えるために,AIロボットへの期待が高まっている。

東京大学 アイソトープ総合センター 先端科学技術研究センター 教授

和田洋一郎

東京大学医学部医学科卒業。東京大学医学部附属病院第3内科医員,ハーバード大学医学部ベスイスラエルダコネス医療センター客員研究員,東京大学先端科学技術研究センター特任准教授などを経て2013年より現職。

大田 私が和田さんと初めてお会いしたのは2007年です。当時,私は東大の先端研(先端科学技術研究センター)の特任助教としてDNA転写過程の新たな数理モデルを構築するプロジェクトに参加していました。そこにハーバード大学から帰国された和田さんが入ってこられました。

和田 素晴らしいプロジェクトでしたね。当時,次世代シーケンサーを用いた研究手法が次々と開発され,細胞の核内で起こっているさまざまな現象の観察が可能となりましたが,そのためには医学系,工学系,理数系の人の協力が欠かせませんでした。

大田 実験で得られるDNAの発現データは,いわゆるビッグデータです。数万行の数字の羅列を医学系の人だけでは扱いにくいし,分析に先入観が入ると真実が見えてこないこともあります。私たちは数学の手法を用いて「自動的にこのような表現ができます」とグラフィックを作成。先入観を排除し実際の生命現象を形で示すのです。そして,その意味を皆で考えるというやり方でしたね。

和田 まさに数学と生物学がキャッチボールをしながら生命の本質を明らかにするというイメージ。私が参加した頃,大田さんたちは既に興味深い解析結果を出されていました。私は,帰国する途中,オックスフォード大学に立ち寄り,細胞一つひとつの現象を観察する技術を習得していたことから,実際の細胞でそれを確かめるという実験を始めました。

大田 得られた遺伝子の転写モデルは画期的なものでした。

和田 従来の転写モデルは大腸菌の研究で得られたもので,1本のDNAの上をRNAポリメラーゼが滑りながら直線的に情報を読み取る(転写)するというものでした。しかし,それでは核内で起こっている現象を説明できません。それに対して私たちは,哺乳類などではRNAポリメラーゼがたくさん集まっている“工場”があり,そこにDNAが取り込まれてRNAが作られるというモデルを提唱しました。

大田 これが「転写ファクトリー仮説」で,この10年間で国内外の研究者による裏付けが進められています。

α線核種による抗がん剤を開発

和田 当時,私の机は大田さんのチームの隣りにありました。そこでお互い,研究の話だけでなく世間話などをするような環境があり,それが今回の共同研究にもつながりました。

大田 それが放射線の一種であるα線を放出する核種を抗がん剤として利用する研究です。危険を伴う実験をヒト型ロボットによって安全で効率よく行うシステム構築にも挑戦されており,私たちのAI(人工知能)技術が貢献できればと思います。

和田 α線には飛程が短いという特徴があります。α線核種を抗体などを用いたドラッグデリバリー・システム(DDS)と結合させて投与すると,がん細胞に特異的に取り込まれ,他の核種と比べて効率よくがん細胞を攻撃できます。半減期の短い核種を使うことで投与後速やかに放射能が消失するなど,安全性にも優れています。

大田 α線医薬品は,多様ながん種に有効で,市場の大きな医薬品だとお聞きしました。先端研は独自のDDS技術を持っており,日本独自の技術を駆使した創薬に期待したいですね。

和田 課題となっているのはα線医薬品の供給体制の確保です。半減期が短いので,大量の医薬品を医療の現場に近いところで作らなければならない。自治体に1カ所または2カ所あり,2時間程度で輸送できるのが理想です。そのための技術者は確保できませんので,開発段階から自動化を目指すことが不可欠でした。

大田 自動化システムなら,いろいろなところで医薬品を作れますね。

和田 自動化のための「手」はあります。私たちは,生命科学の実験を行うためのロボットをメーカーや工学系の専門家と一緒に作り込んできました。必要なのは,それを安全かつ効率よく動かす「頭」。大田さんのAI研究に期待しています。

大田 はい。AIロボットは,専門家が持つ多様な技術を習得することができ,それによって不足している専門家の数を補うことができます。さらに人間では不可能な動きの精度を実現したり,人間が行うと危険な作業を安全に繰り返し行うこともできます。

ヒト型ロボットへのこだわり

和田 じつは専用マシンも検討しましたが,薬作りの操作は試行錯誤の連続で,現在でも最適化されていません。将来のことを考えると応用の利くヒト型ロボットが必要でした。

大田 確かに,ヒト型ロボットなら研究者が考えたプロトコルを,そのまま移植することができます。柔軟性が高いので先入観に囚われず,いろいろな可能性を試すことができます。

和田 試行錯誤でよい結果を得るためにはAIに期待したいですね。

大田 柔軟性とはAIが自分で学ぶということでもあります。例えば,ある物を取るとき位置がわずかでもずれていると専用マシンではとれません。AIロボットでは「目」となるカメラもありますし,掴んだ感覚とかも学習しながら「取り方」を変えたりすることもできるので,どんな手順を移植されても柔軟にものを取ることができます。

和田 もっとAIに期待したいのは,人が過去の経験から学んだしがらみから解き放たれた発想で,全く新たなプロトコルを生み出し,さらなる効率化を実現することです。

大田 それこそAI利用の最大のメリットです。将棋とか碁でAIがなんで強くなったかというと,AIは名人が打つような手を一切打たなかったことです。人間は,既存の知識に凝り固まった方法しかとれないという脳の構造がありますが,AIは突拍子もない手を打つことによって,急に戦術が強くなる。このAIの特徴を医療系にも活かせないかと私たちも考えてきました。

和田 AIが持つ新しい方法論を自ら生み出す能力は,科学の進歩を加速させることにもつながります。生命科学研究では,さまざまな領域でヒト型ロボットの導入が進んでいますが,研究者が想像していなかったようなプロトコルから,新たな研究テーマが生まれてくるかもしれません。

大田 AIが人の創造性をサポートするよい例だと思います。いまAIは,さまざまな分野で応用開発が進んでいます。成果を直接人の役に立つ医療に応用する取り組みは,ぜひ集中して進めていきたいと思います。

日経サイエンス 2019年9月号

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